「簡単に説明すると」
と羊博士が言った。
「羊が私の中に入ったのは一九三五年の夏のことだ。====== 夢の中に羊が現れて、私の中に入ってもいいか、と訊ねた。かまわん、と私は言った。その時は自分ではたいしたことのようには思えなかったんだ。なにしろこれは夢だとちゃんとわかっていたしな」
老人はクックッと笑いながらサラダを食べた。
「それはこれまでに見たことのない種類の羊だった。私は職業柄世界中の羊は知っていたが、それだけは特別な羊だった。角が奇妙な角度にまがっていて、足はずんぐりと太く、目の色は湧き水のように透明だった。毛は純白で、背中に星の形に茶色い毛がはえていた。こんな羊はどこにもいない。だからこそ私はその羊に私の体の中に入ってもかまわんと言ったんだ。羊の研究者としてもそのような珍種の羊を見逃したくなかったしね」
『 羊をめぐる冒険 』 村上春樹